1952-07-28 第13回国会 参議院 人事委員会 第33号
十七日には御荘町、城辺町、近永町、久万町、三瓶町、吉田町、壬生川町、川之石町、西條市、松山市、これらの都市につきまして同じくつぶさに現地の調査をいたしております。これらの詳細につきましても、後刻書面に譲りたい。このように考えております。
十七日には御荘町、城辺町、近永町、久万町、三瓶町、吉田町、壬生川町、川之石町、西條市、松山市、これらの都市につきまして同じくつぶさに現地の調査をいたしております。これらの詳細につきましても、後刻書面に譲りたい。このように考えております。
私川之石ですと答えました。お名前は、私暫らく沈黙しておりましたのでありますが、その間に内藤課長さんは自転車のうしろに書いておりましたところの西宇和郡川之石町田縁という文字を読み取られておつたようであります。これは読み取られておつたということは、あとから内藤課長さん自身が喜須来の学校においでになつた時にちよつと漏しておられました。
出先の川之石の菊池警部に電話をいたしまして、一緒に先生にお会いして見ようじやないかということでお会いしたのであります。そのとき飽くまで捜査の段階に入つていないのであります。事実行為として何らか資料をお持ちならばもらわして頂きたい。そうして警察の運営の資料に或いは若し間違いができておればお詫びをしよう、お詫びで済まなければ責任をとろう、こういう一念からであつたのであります。
私はその足で帰署して早速川之石町警備派出所に電話照会しましたところ、該当の人は近頃川之石の学校の教官であつたが、今は宮内村の学校の教頭をしておる川之石町楠浜の田縁喜平氏であるということがわかつたのであります。
特に八幡濱より川之石、磯津を經て長濱間の省管間の省營自動車運行については、豫讃長濱、八幡間の海岸迂囘の代償的補助線として、すでに當局において御決定濟のように聞き及んでおり、これが開設の要はいまさら贅言を要しないところで、現在道路も完成している現状であります。
なお川之石から三崎にまたがります間につきましては、これまたただいまお話のような事情で、この間の陸上交通を自動車によつて整備いたしますことの必要性は十分にこれを確認いたしまして、對策を立てなければならないものと存じておりますが、ただ現在におきましては非常に道路の状態がこの區間は悪いようでございます。